PROJECT #1

異常早期検知システム
J-dscom®

ビッグデータ解析技術で
トラブルを未然に防ぐ
製鉄は巨大な装置産業だ。原料の荷揚げから製銑、製鋼、圧延などの製造工程に設置された設備は密接に連携しており、一設備のトラブルが全体に波及するリスクを秘めている。そこでJFEスチールが取り組んだのが、データサイエンス技術を用いた設備異常予兆検知システムJ-dscom®の開発だ。
J-dscom®は、ビッグデータ解析技術により、電流・圧力・流量・温度・振動をはじめとする操業状態を示す膨大なデータを効率的かつ網羅的に解析し、正常時の基準値に対する外れ度合いを異常度として指標化する。これにより過去に経験したトラブルだけではなく、想定外のトラブルも未然に防止することが可能となった。
2018年度に初導入した西日本製鉄所倉敷地区熱延工場では、年間50時間以上(生産量3万t以上)相当のトラブル抑止効果を確認。現在はJ-dscom®を全地区に展開し、全社レベルで最適モデルの構築を推進している。

PROJECT MEMBER

研究開発

横倉 豪(2009年入社)
本社
データサイエンスプロジェクト部
主任部員
工学研究科 電子工学専攻修了

研究開発

松下 昌史(2016年入社)
スチール研究所
サイバーフィジカルシステム
研究開発部(京浜地区)
理学研究科 物理学専攻修了

設備技術開発

辻 博史(2017年入社)
西日本製鉄所(倉敷地区)
制御部
制御技術室
システム情報科学府
電気電子工学専攻修了

Question - 1

本プロジェクトで、
それぞれが果たされた役割を
教えてください。

横倉
本プロジェクトの発端は2016年頃にまで遡ります。当時、当社は製造プロセスへのICT活用を重点施策として掲げ、その構想のひとつとしてデータサイエンス技術を用いた設備異常予兆検知システムの開発を企図していました。しかし、製造設備の各種計測データを分析し、異常の予兆を早期発見するには、ビッグデータに関する優れた知見が求められます。そこに新入社員として颯爽と登場したのが松下さんでした。
松下
私はそれまで大学の研究員として、加速器を用いた基礎物理の研究をしていました。鉄鋼業とは無縁の世界ですが、ビッグデータの取り扱いには慣れていました。そこで、入社と同時に研究開発段階にあった本プロジェクトに参画。製鉄工場のビッグデータの中から、設備の異常に関わる“関係性”を見出す数理モデルの開発を担当しました。2018年にJ-dscom®のプロトタイプが完成しましたが、想定通りの効果を発揮するかどうかは実際に試してみなくてはわかりません。そこでまず試験的に倉敷の熱延工場にシステムを導入することを決定。その実装を担当してくれたのが辻さんです。
J-dscom®は、工場設備内のさまざまなデータを収集・分析し、異常の予兆をカラーマップで表示するものです。そのため、まずデータを収集・集約するネットワークを作る必要があります。また、数理モデルが正常値との差を検知しても、製鉄所の設備にはそれぞれ癖があり、設置されて数十年以上稼働しているものもあるため、必ずしも異常の予兆を示しているとは限りません。異常検知した際には、操業・設備・制御・研究と連携して原因を調査し、誤検知・過検知の場合は、松下さんと協力しながらモデルや異常度の調整を都度行いました。つまりJ-dscom®を現実に即したものにするためのチューニングですね。
横倉
したがって、松下さんはJ-dscom®の生みの親。松下さんが0から1を創り出さなければ本プロジェクトは存在しませんでした。そして、それを工場に実装し、チューニングを重ねて実用化させた辻さんは育ての親に当たります。で、私が何をしていたかと言えば、後方支援です。J-dscom®の全社的な展開に向け、関係各所の理解を深め、プロジェクト推進のための環境整備に努めました。
製造現場経験もお持ちの横倉さんが推進役となってくれたことで、現場はずいぶん助かりました。新たにサーバを導入する際の予算申請などもとてもスムーズに進みました。
松下
そうですね。横倉さんは私が知らないところで関係者に根回しして、多くの人を巻き込んでプロジェクトを加速、拡大させてくれました。間違いなくプロジェクト推進の立役者です。

Question - 2

それぞれの役割において、
もっとも苦労したことを
教えてください。

横倉
J-dscom®は倉敷の熱延工場で効果が確認できたことから、2019年より全社的に展開を進めることになりました。しかし、データサイエンスを活用した業界初のシステムだったため、その有用性を操業・保全部門に理解してもらうのが大変だったんです。本システムはチューニングに時間を要するため、その間の操業・保全部門の協力が不可欠です。そこでシステムの有用性を解説した資料を配布するなど、関係各所への理解を深めてもらう工夫を凝らしました。
私の場合はやはりチューニングですね。最初にJ-dscom®を稼働したときは、カラーマップが異常を示す真っ赤に染まりましたから。そこでどんなデータを使って異常予兆を検知したかを調べ、調整していくわけですが、閾値を上げて異常を検知できなくなっては問題外です。微妙な調整を重ねた末、異常を検知した際に、関連部署と原因調査を行い、実際に設備に異常があったときは、ようやく真価を発揮できたと感無量でした。
松下
プロジェクトの目的が、“異常を検知するシステムの開発”であるため、当然、開発者は生産設備や操業への理解があることが前提となります。ところが、私の場合は入社直後にプロジェクトに参画したので、当然の前提がありませんでした。設備操業への理解不足から、当時は周りの関係者が自分のレベルに合わせて話をしてくれるような状態で、それがもっとも苦労したというか、心苦しかった点です。大きな変化があったのは、入社1年後に約半年間、製鉄所の勤務を経験した時です。製造現場が抱える課題、そしてエンジニアがそれを解決してく様子を間近で共有できたことは、異常検知技術に携わる自分にとって貴重な経験となりました。

Question - 3

本プロジェクトの
社会的な意義、
社会に与える価値とは
どのようなものでしょう?

鉄鋼業は歴史のある産業で、伝統的な装置産業だと思われがちです。しかし、日本の鉄鋼業がグローバルな競争に勝ち抜いていくためには、最新のデータサイエンス活用が不可欠な時代に入りました。J-dscom®は、鉄鋼業界初の異常予兆検知システムであり、データサイエンスの活用の本格的な時代を切り拓くものです。その社会的意義はとても高いものだと自負しています。
松下
日本ではインフラの老朽化対策が大きな課題となっています。製鉄所の設備についても同様で、生産設備を健全に保ち、安定操業を維持していくためには、本プロジェクトのように人工知能やデータ解析技術を活用した異常予兆検知技術の高度化を進めていかなければなりません。労働人口が縮小していく社会においても最新の技術を駆使し、こうした課題の解決につなげていくことが重要と感じています。
横倉
社会的意義についてはお二人が話してくれたので、もう少し身近な“価値”を紹介すると、J-dscom®は熟練の職人が保有していた技術・ノウハウの担保にもなります。例えば鋼板を薄く延ばす工程には数百台のモーターが利用されていますが、これまでは棒で叩いた音で異常を検知していました。労働人口が減少する中で、そうした職人技をいつまで継承できるのか。本システムは属人的な技術・ノウハウを汎用化させます。また予兆監視による計画的なメンテナンスや業務計画の実現することで、設備異常発生を防止することは、24時間365日稼動する工場の働き方改革という意味でも、大きな価値があると考えています。

Question - 4

本プロジェクトを踏まえ、
今後の目標や挑戦したいことを教えてください。

現状のJ-dscom®の運用は、異常予兆を検知したら、関連部署とその原因を調査して対応にあたっています。今後は予兆検知精度を向上させ、原因推定、対策アクションまで教えることができるようにしたいです。また、DXで工場の安定操業を実現することは必須課題ですから、これからは工場のCPS(Cyber-Physical System)案件にも積極的に関わっていきたいと考えています。
横倉
私は、全地区・全工場がもつ大量のデータのリモートアクセスやダウンロードによるデータサイエンス技術開発の効率向上、遠隔集中監視・運転室統合による生産性向上に向けた、全社ネットワークシステムの刷新に挑戦したいですね。そして将来的には社内で開発したデータサイエンス技術やシステムを、社外へサブスクする仕組みも構築してみたいと考えています。
松下
本プロジェクトでは、研究開発から実機実装、全社展開までの一連の流れを経験することができました。またその中でデータ分析技術をはじめ、ネットワークやデータインフラ整備まで幅広い経験をすることができました。それは私の大きな強みになっていると感じています。今後は、幅広い課題に対処できる「データサイエンスの万事屋」をめざしたいですね。