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ステンレス鋼板 クロム化推進

高い市場シェアを持つガリバー製品に挑み続ける、ある営業担当のものがたり

MEMBER

事務系
片岡 淳
片岡 淳
本社
ステンレス・特殊鋼営業部
ステンレス鋼板室
1999年入社
事務系
本名 邦充
本名 邦充
東日本製鉄所
工程部 千葉工程室
2012年入社
技術系
小林 満彦
小林 満彦
東日本製鉄所 千葉地区
商品技術部 ステンレス室
1991年入社
技術系
星野 将史
星野 将史
東日本製鉄所 千葉地区
ステンレス部 部長
1992年入社

Prologue

「ステンレス」とは、錆びにくい鉄だ。ステンレス製品は、鉄にニッケルを混ぜる「ニッケル系」と、ニッケルを使わない「クロム系」とにわかれている。ステンレス市場で最も広く流通しているのは「ニッケル系」の製品だ。だが2005年にJFEスチールは、ステンレス市場に対して重大な決断をする。「ニッケル系」の生産から撤退し、完全に「クロム系」製品へと移行すると宣言したのだ。

「ニッケル系」からの撤退。その背景にはJFEスチールが新たに開発した「新ステンレス」である「JFE443CT」で勝負するという強い想いがあった。ステンレス市場で既に定着している製品を捨て、代替製品として独自鋼種で勝負を挑む。「JFE443CT」は、既存の製品と同等の耐食性(錆びにくさ)を持つ一方で、価格が安いという特徴を持つ。市場原理だけを考えたら、性能が同等でコストが安ければ、既存品からの移行はスムーズになされるだろう。だが、そこには大きな「壁」があった。それは流通量がまだ少なく、「信頼できる製品である」という認知度が低いことである。

ニッケル系からの撤退、そして「JFE443CT」の発表は、2002年の日本鋼管と川崎製鉄との合併後まもないJFEスチールの大きな挑戦として、ステンレス市場を揺さぶった。長く大きなシェアを占めていたニッケル系の代替品としてクロム系である「JFE443CT」は大きな注目を集めた。発表後数年間は、生産を担う千葉の製鉄所をフル稼働しても生産が追いつかないほどだった。
だが、それもやがて落ち着きを見せる。日経優秀製品・サービス賞「最優秀賞」(2006年)をはじめ、権威あるさまざまな賞を受賞し話題となってきた「JFE443CT」であるが、「話題性」が去った後の大きな試練が待ち受けていた。それが「信頼性というイメージ」だ。それは特に建設業界で顕著だった。「ニッケル系」は、その性質上磁石がつかない。対して「クロム系」は磁石がつく。これは、同じステンレスでも「レシピ」が違うことを意味する。だが市場は違う受け止め方をしていた。「磁石がつくステンレス=質に劣る」という誤解だ。「コストは安いが品質面で不安がある…」という「偏見」が、根強く顧客心理を支配しており、営業担当を苦しめた。つまり建設業界をはじめ顧客の多くは、ニッケル系から「JFE443CT」に替えるのに二の足を踏んでしまったのだ。

お客様の信頼を勝ち取る。その難しいテーマを与えられたのが、2009年にステンレス鋼板室に異動となった片岡 淳だ。片岡にとって、営業は初めての経験だった。長く「JFE443CT」の拡販を担う「クロム化推進チーム」をけん引してきたリーダーは、長年この製品に携わってきたベテラン社員だった。営業の面白さがわかりかけてきた片岡はある日、上司から突然呼び出され、このチームのリーダーに任命された。「片岡、やってくれ」2011年のことだった。長く「JFE443CT」をリードしてきた先輩が異動になったのだ。


結論を先に明かしてしまおう。片岡が推進チームリーダーとなった後5年間で「JFE443CT」をはじめとする戦略商品は、月間販売数量が2倍になった。それに伴い顧客も倍増した。諸先輩が長年苦労してきた市場を5年間で倍増させたのだ。

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事務系 SIDE STORY
高い志と、試行錯誤の日々

ステンレス鋼板室内の「クロム化推進チーム」は、上市後の2005年に発足したが、「JFE443CT」の専任営業部隊ではなかった。発表後の「話題性」が去った後の営業活動は困難を極め、2009年段階では、室内には閉塞感も漂っていた。

その空気が入れ替わった契機となったのは2010年、「JFE443CT」がJIS規格として認定されたことだ。JIS規格として認定される―それは市場を押さえ込んでいるニッケル系同等に、クロム系である「JFE443CT」が認められたことを意味する。ステンレス市場での性能面の「偏見」に苦しんでいた営業担当には光明となった。JIS規格として認定されれば、基準の厳しい公共インフラにも市場を拡げることができる。
新たな動きが加速する中、「クロム化推進チーム」は、体制の立て直しに動き、片岡が「クロム化推進チーム」のリーダーを拝命する。2011年のことだ。

ステンレス鋼板の販売においては、全国にある特約店が仲買を行ってユーザーに販売する。特約店の情報は商社を経てJFEスチールへと届く。
つまりJFEスチールの営業担当は、商社の動きを「管理」することが大切な要素となる。だが片岡は、営業に異動して以来、この動き方に少なからず違和感を覚えていた。その違和感の源泉は、「もっとユーザーの動きを早く知りたい」だった。ビジネスの構造上、多くの関係者を経てJFEスチールの営業担当に届く「情報」。これをもっと早く仕入れる術はないか。片岡は模索した。2011年、彼が出した結論は「足で稼ぐ」だった。

慌ただしい日々のなか、片岡はビジネスを冷静に俯瞰した。コスト、耐食性などの製品スペック等「JFE443CT」には、充分既存製品に対抗し得るアドバンテージはある。片岡をはじめとする営業担当の誰もがそう信じていた。だが思うように成果が上がらないのは何故か?

片岡はその鍵は「情報」にあると感じた。「JFE443CT」の魅力という「情報」が市場内で正しく「認知」されていない。一方で、営業を担う一人ひとりが市場ニーズという「情報」をリアルタイムに把握できていない。片岡は「(市場に)知られていない」「(自分たちも)知っていない」という仮説を立てた。

ここで片岡は常識はずれの行動に打って出る。鋼材ビジネスの構造は先述したとおり、顧客とJFEスチールとの間には特約店(問屋)、そして商社が入ることが通例だ。その構造を壊してみようと試みたのだ。つまり、鉄鋼メーカーによる直接売り込みである。可能性のある顧客をリストアップする事から始め、既にビジネスが成立している企業を除くと、対象となる顧客は約500社。その一つひとつにダイレクトにテレアポをしていったのだ。

特約店(問屋)・商社はその動きを冷ややかに見つめていた。「できるわけがない」と。